80年前の8月6日、第二次世界大戦で広島に原爆が投下され、8月9日には長崎に原爆が落とされました。そして今日、8月15日は終戦記念日です。
この時期になると、平和記念式典や戦争関連の番組とともに、必ず思い出すアーティストがいます。原田真二さんです。
原田真二さんは広島県出身。高校在学中に吉田拓郎に認められ、1977年、18歳でレコードデビューしました。 甘いルックスに似合わず、ビートルズやエルトン・ジョンのエッセンスを詰め込んだ本格的なロックサウンド。デビュー後は、当時では考えられない毎月のシングルリリースや、同時に3曲がトップ10入りするという快挙を達成。ファーストアルバム『feel happy』はオリコン史上初の初登場1位を記録し、10代の男性シンガーソングライターによる1位獲得は、今も原田さんだけだと思います。(女性アーティストでは、宇多田ヒカルの『First Love』が記録を持っています。)
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アルバム「feel happy」のジャケ写。ヒットはもちろん、全作詞・松本隆、全作曲・原田真二で名曲ぞろいのアルバム。 |
しかし、その輝かしい記録とは裏腹に、原田さんの活動は「デビュー時の成功」だけが語られることが多く、音楽人生の全貌が十分に知られていないのは残念です。
5枚目のシングル『サウザンド・ナイツ』までは松本隆作詞による国民的人気路線でしたが、6枚目『OUR SONG』からは作詞・作曲・プロデュースを一人で手掛け、アーティスト色を強めます。
この曲は、当時のタイアップや歌番組向けとは一線を画す哲学的な詩で、サビらしいサビもありません。広島出身としての誇りと、平和への強い思いが込められた一曲だと感じます。
(ちなみにデビュー曲『てぃーんずぶるーす』は、もともと原田さん自身が平和を訴える詞を書いていたそうですが、売れるために松本隆の詞に差し替えられたと言われています。)
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シングル「OUR SONG」のジャケ写。 僕が小さい頃はまるで映画の1シーンのようだな、と思っていたが、アイドル路線だった原田真二にとって、アーティスト一本でいこうと決断したジャケットなのだろう。 |
セールス面や国民的支持はその後落ち着いたものの、原田さんは40年以上にわたり、平和へのメッセージを音楽にのせ続けています。
デビューアルバムのタイトル『feel happy』に象徴されるように、活動の根底には常に「LOVE & PEACE, HAPPINESS」があります。2011年からは、ひろしま平和大使を委嘱され、活動されています。
僕の地元・岩手も2011年の東日本大震災で被害を受けましたが、小学生の頃、原田さんは何度もチャリティーで訪れてくれました。
そして今も、ウクライナ侵攻やパレスチナ問題など、世界の平和に関わる活動に精力的に取り組まれています。
今年の 6月には函館でのコンサートに足を運びましたが、その内容の半分以上が平和への訴えでした。
印象的だったのは、ある音楽番組出演時のエピソード。観客向けの掲示メッセージに平和への思いを素直に書くと、言論統制が入ることがあるそうです。
だからこそ、今のように誰もがSNSで発信できる時代には、平和に関するメッセージをたくさん共有していくべきだと強く語られていました。
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6月、金森ホールでのコンサートフライヤー。ピアノ、ギターの弾き語りコンサートで、演奏1人とは思わせない重厚感のあるサウンドが、金森ホール独特の響きに包まれていました。 |
この終戦記念日に改めて聴いてほしい曲は、やはり『OUR SONG』。 19歳で作詞・作曲・アレンジ・プロデュースを一人でこなし、このクオリティを完成させたという事実は、もっと評価されるべきだと思います。 彼の音楽と信念を知るきっかけとしても、ぜひ耳を傾けてみてください。
最後に、今年行われた「広島ワールドピースコンサート」についての記事とアーカイブ動画へのリンクを共有します。 原田さんの音楽と平和への思いを、ぜひ体感してみてください。
http://shinji-harada.com/2024/07/31/%E2%97%87hiroshma-worid-peace-concert/